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アスペルガー症候群理解のために

はじめに

最近豊川の事件と関連してアスペルガー症候群が大きく報道されました。アスペルガー症候群という一般にはほとんど知られていなかった障害が、このようなかたちで知られるようになったことは非常に残念なことです。新聞によっては見だしに大きくアスペルガー症候群とありましたから見だしだけを読む多くの読者はなんとなくアスペルガー症候群と犯罪は関連が深いという印象を受けたのではないかと思います。しかし実際には一般の人と比べてアスペルガー症候群の人が犯罪を犯す確率が高いわけではありません。ここではアスペルガー症候群を正しく理解していただくことを目的に解説させて頂きたいと思います。

筆者について

まず本稿を書いている私の立場を明らかにしておきます。この文章に関する責任の所在をはっきりさせるためです。私はよこはま発達クリニックという発達障害を対象にするクリニックで診療をおこなっている児童精神科医です。発達障害に関しては児童精神科の専門病院や知的障害者のための福祉施設で約10年間臨床にたずさわっていました。その間ノースカロライナ大学医学部精神科TEACCH部に短期留学し自閉症の療育について学びました。1997年9月から1年間全英自閉症協会の運営する診断部門(The Centre for Social and Communication Disorders、別名エリオットハウス)で主にアスペルガー症候群の診断アセスメントについてローナ・ウイング、ジュディス・グールド両氏に学びました。ノースカロライナ大学留学時は朝日新聞厚生文化事業団の、エリオットハウス留学時は田中徳兵衛国際ロータリークラブ奨学金の援助を頂きました。どちらの留学も日本自閉症協会の推薦を頂いています。このような自分自身の経歴からも、今回の事件報道で誤解されがちなアスペルガー症候群について意見を表明することで児童精神科医としての社会的な使命を多少なりとも果たしたいと考えています。

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アスペルガー症候群とは

以下アスペルガー症候群についてローナ・ウイング博士(以下ウイング)の考えを中心に解説します。ウイングの考え方はイギリス、ヨーロッパでは広く受け入れられていて、全英自閉症協会ではウイングの考えにそってアスペルガー症候群の援助を行っています。
アスペルガー症候群を正しく理解するためには先ず自閉症を理解しなければなりません。遠回りのようですが、まず自閉症の解説からはじめます。

自閉症とは

現在自閉症と呼ばれている障害を医学・心理学的な視点から検討し、世界で最初に論文として報告したのはアメリカの精神科医レオ・カナーでした。カナーは1943年に11例のユニークな行動パターンを示した子どもを報告し、翌年の論文で「早期乳幼児自閉症」と名づけました。現在自閉症、自閉性障害、小児自閉症と呼ばれる障害は、基本的にカナーの論文の内容を引き継いでいます。カナーは「早期乳幼児自閉症」の特徴として5つにまとめました。以下に順を追って説明します。

  • 人生の始まりから普通の子どものような方法で人や状況と関わりあうことができない。
    一人でいるのが苦にならず幸せそうで、赤ちゃんの頃はいわゆる「手のかからない」子だったりします。周りに人がいても関心を示さず、まるで人がいないかのように振舞ったりします。
  • 言葉がないか、あっても他人に意思を伝えるために言葉を使わない。
    例えば子守唄、祈りの文句、大統領の名前などは覚えますが、コミュニケーションの目的で言葉を使わないで聞いた言葉をオームがえしをしたり、独り言を言うことが多いのです。自分のことを ”you”, 相手のことを”I”というなど代名詞を逆転して使用することもあります。
  • 物事をいつまでも同じにしておこうとする欲求が強く、そうでないと非常に不安になる
    いわゆる「こだわり」です。物事の手順や家具の配置の変更などで不安になり必死に抵抗したりします。活動は単純な繰り返しになりがちで、自発的に行動することが少なく、興味の幅が狭かったり、物をくるくる回すような繰り返し行動に何時間も浸ったりします。
  • 人に対する興味は少ないが、物に対しては強い関心を示し、物を器用に操作する。
    缶のふたとか、枯れ葉など一般的にはあまり価値が無いものに強く執着し集めたりします。
  • 知的な障害があるとみなされやすいが、潜在的な認知能力は優れている。
    知的な賢そうな顔つきをしていることや、型はめなどを巧みにすばやくやったりすることなどから潜在的な知能は優れている、知能テストなどの点が低いのは協調性がないからだとカナーは考えました。現在ではこの第5点は修正が必要で、知的な障害を合併することが少なくないことが明らかになっています。しかしその他の4点については基本的には変更の必要がないとされており、国際的な診断基準やアメリカ精神医学会の診断基準に引き継がれています。この第5点目を修正した4点を満たす場合をカナー症候群とか古典的自閉症と呼んで、以下に述べるアスペルガー症候群と区別する場合があります。

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アスペルガー症候群と自閉症スペクトラム

アスペルガー症候群の歴史はオーストリアの医師、ハンス・アスペルガーが1944年に「小児期の自閉的精神病質」と題した論文を発表したことで始まりました。アスペルガーの報告した子ども達はカナーの報告した子どもたちと良く似ていましたが、少し違うところもありました。アスペルガーが重要とみなした特徴を以下に列挙すると、社会性に乏しい異様な行動、コレクションなどにみられる物への執着、表情と身振りによる表現が乏しいこと、物まねをしているような不自然な言語表現、計算などの特定の領域で優れた能力を発揮すること、などでした。アスペルガーの提唱した「自閉的精神病質」の概念は、第二次大戦中にドイツ語で発表されたこともあってか、国際的にはほとんど注目されませんでした。例外的に日本では1960年代から一部の専門家が注目していましたが、日本の学会でも自閉症といえばカナーの自閉症を指すのが通例でした。国際的に注目されるようになったきっかけは1981年にイギリスのウイングがアスペルガーの論文を紹介し再評価を行ったことでした。その後英語圏を中心に活発に議論されるようになり現在ではアスペルガーの報告を一部改変した内容で国際的診断基準でも「アスペルガー症候群」、「アスペルガー性障害」などと規定されています。

ウイングがアスペルガーの報告に注目したのは理由がありました。1962年イギリスでは「自閉症児の親の会」が結成されました。当初はカナーの記述に沿った「自閉症」を中心にサポートをしていたのですが、カナーの記述には合わないけれど、類似した行動を示す一群の子ども達がいて必要なサポートもカナータイプの子どもとほとんど同じだったのです。ウイングと共同研究者のグールドはロンドンのある地域で障害がある子どもを対象に調査しました。典型的なカナータイプの自閉症の子ども以外にも「自閉症的な」行動特徴を持つ子どもが大勢みつかりました。この「自閉症的な」行動特徴を持つ子どもが実はアスペルガーの記述した子ども達に似ていたのです。

アスペルガータイプの子ども達はカナータイプと比較すると知的な能力が高い、表面的には文法的に正確な言葉をしゃべる、一方的になりがちだが対人関心はある、などの相違点がありました。しかし言葉を話すことができても微妙な皮肉とか冗談がわからないなどコミュニケーションの障害や相互的な対人関係がとれないなどの社会性の問題、興味の範囲が限られているなどの問題が明らかでした。そのためウイングはカナータイプの自閉症と連続した障害としてアスペルガー症候群を捉え、自閉症としての援助が必要であるとしました。現在ではイギリスを中心にウイングの考え方が広く受け入れられています。

ウイングらはカナーの基準を厳密に満たす子ども達を「カナータイプの自閉症」あるいは「典型的自閉症」と呼ぶことにし、カナーの報告したケースよりアスペルガーの報告に近い子どもたちを「アスペルガー症候群」あるいは「アスペルガータイプの自閉症」と名づけました。どちらのタイプの自閉症も社会性・コミュニケーション・想像力の障害がありました。この3領域の障害が同時にみられる場合を自閉症スペクトラムと呼ぶことにしたのです。自閉症スペクトラムにはアスペルガータイプとカナータイプの自閉症の両方と、どちらの基準も厳密には満たさないが前記の3領域の障害がみられる場合も含まれます。「スペクトラム」とは連続体という意味です。アスペルガータイプとカナータイプは連続した一続きのもので、その境界は曖昧です。幼児期にはカナータイプの行動特徴を示しても、年齢が長ずるとアスペルガータイプに近くなる子どももいます。中にはアスペルガーの特徴とカナーの特徴を同程度に併せ持っている子どももいます。そういう場合にアスペルガータイプかカナータイプか二者択一的に議論するより自閉症スペクトラムと幅広く捉えて援助の方法を考えたほうが有効です。自閉症スペクトラムか、そうでないかの診断は大変重要ですが、アスペルガータイプかカナータイプかどちらか区別することはそれほど意味がないのです。

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以下によく受ける質問についてお答えします。

アスペルガー症候群の人はどのくらいいるのでしょうか?

日本での詳細なデータはないようです。イギリス自閉症協会はアスペルガー症候群の人が一万人に36人、自閉症スペクトラム全体としては一万人に91人と推定しています。

アスペルガー症候群と犯罪は繋がりがあるのでしょうか?

アスペルガー症候群の人が、そうでない人々より犯罪を犯しやすいというデータはありません。私はアスペルガー症候群の人を日本、英国合わせて200人以上診てきましたが、重大な犯罪に関与した人はいませんでした。彼らの多くは他者を疑うことを知らないために、いわゆる非行少年たちの手先として利用されて、警察が関与するということはありえるでしょう。また学校などでは、いじめの被害者となっていることが非常に多く、警戒するよりも守らなければならないことの方がはるかに多いといっていいでしょう。

アスペルガー症候群は性格の障害だから20歳以前に治療を開始しないと治らないと言う専門家もいるようですが?

アスペルガー症候群は現在では発達の障害と考えられています。アスペルガー症候群の人は一般に社交が苦手だったり、特定の領域のことに強い関心を示したりすることが多く、多数派か少数派かという視点からは少数派といえるでしょう。「非社交的な性格」などと周囲からみなされることもあるかもしれません。しかしすべての人が社交的でなければならないわけではないでしょうし、広い趣味を持たなければならないというわけではないでしょう。アスペルガー症候群の人の「治療」というものがもしあるとしたら、その人の長所を活かして、苦手な所をカバーする方法を一緒に見つけていくことだと思います。「20歳以前に治療すると治る」ということの意味する所は私には理解できません。

以上です。豊川事件も含めて個別のケースにコメントはできません。なぜなら豊川事件に関しては新聞報道以上のことを知らないからです。専門家として診察していない人のことをコメントすることはできません。また他のいかなる個人の問題についてもお答えすることは不可能です。ここで示したのはアスペルガー症候群一般についての理解を深めていただくための全体的解説と考えてください。リンク、引用、転載、印刷した上での配布については次の3条件を満たしていただければ歓迎します。1.全文(「はじめ」、から「終わり」まで)を掲載し、一部分のみを引用しないこと、2.よこはま発達クリニック、内山登紀夫宛てメイル、ファクス、郵便などで個人あるいは団体名などを明示して連絡すること、3.営利の目的としないこと、の3点です。アスペルガー症候群全般に関する質問に対してもホームページなどでお答えしていきたいとは思いますが、多忙のため無理な場合もありますのでご理解ください。なお京都自閉症協会のホームページにアスペルガー症候群に関する私の講演の記録がありますのでご参考にして頂ければ幸いです。( <http://web.kyoto-inet.or.jp/org/atoz3/ask/utiyama/index.html> )

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