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神奈川LD協会機関誌Vol.29, 2003冬号から転載させていただきました。神奈川LD協会のご厚意に感謝いたします。

アスペルガー症候群とLD

−高機能自閉症・アスペルガー症候群の正しい理解−

よこはま発達クリニック 児童精神科医師 吉田友子

1、はじめに

最近では早い時期から正確な診断・評価を求めて受診を希望する保護者も増えてはいますが、受診までの経過や親子の置かれた状況によっては診断が「レッテル貼り」や「限界の宣告」として親御さんに受け止められている場合もあります。あるいは逆に保護者が子どもの発達精神医学的診断を伝えても「子どもは丸ごと受け止めてこそ全人教育。診断名をつけて子どもを選別するようなことはしたくない。第一こんな子は昔からいた」と反論され聞き入れてくれない幼稚園・保育園・学校(特に通常級)の先生にお会いすることも稀ではありません。

でも適切な支援のためには正確な評価が欠かせません。評価なしの支援は「当たって砕けろ」式のやみ雲なアプローチになってしまいます。支援者であるあなたが「当たって砕ける」たびに、子どもの心は確実に傷付き彼らは自分の人生が実り多いものであることを信じ続けられなくなっていくのです。確かに児童精神科領域は医学として未熟な分野です。診断名が確定したら絶対的に有効な方法が示されるというものではありません。いくら評価しても失敗はゼロにはできません。だからこそ私たちは評価するのです。あれができるためには、いま何があればいいの? あの子が自分を好きでいられるために今できることは何? 私たちは行動の前に考える必要があるのです。ハートだけじゃ、ダメ。専門家はもちろん、親だってそうです。私たちには知識と技術も必要なのです。

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2、自閉症とは

自閉症は以下に述べる三つの発達領域 ( 「三つ組」 ) ともが他の知的な能力の獲得よりも不得手な時に付けられる診断名です。

自閉症の診断に必要な3つの特徴
「三つ組」の障害の表現のされ方は子どもによって様々です。ここに書いた全てが一人の子どもみられる訳ではありません。

人との係わり方の質的異常、または、社会性の発達不全

自閉症というと「人嫌い」とか「殻にこもる」といった人との係わり方の「量」が乏しいイメージがありますが、医学的には量の「多い /少ない」だけで判断するのではありません。

人との係わり方の質的異常というのは知的な遅れでは説明がつかないような対人行動を指します。例えば電車で隣り合わせただけの人に「ねえねえ、おばさん。ぼくの好きな電車はなーんだ?答えは半蔵門線。紫のラインがかっこいいから」とにこにこ話しかけ、それを相手が驚いても腹を立ててもピンとこない様子の 5歳児はどうでしょう。定型発達では話し言葉を発達させるのと同時に、家族を家族以外の人と区別し話しかけて受け入れられる状況とそうでない状況に気付いていきます。定型発達では何歳の子どもであっても見知らぬ人に日常的に話しかけたりはしません。彼の対人交渉には質的異常があると言えます。

相手から自分がどう見えているかに気付きにくく、自分の所属する集団と行動や感情、常識を共有しにくいことが、自閉症の第一の特徴です。これは社会性の発達不全と表現することもできます。
例えば

  • 人への係わり方が一方的で相互性・発展性に乏しい
  • 同年齢の子どもと相互的な友だち関係を維持できない(合わせてくれる年上や言いなりになる年下と遊びたがる子も多い。同級生とは仕切る一方か仕切られる一方)
  • 年齢相応の「常識」が身に付いていない
  • 相手の感情に気付きにくい
  • 周りが共感しにくいユニークな喜びや恐れ

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コミュニケ-ションの質的異常

1、話し言葉の発信の問題
話し言葉の質的異常とは、遅れでは説明のつかない(言語発達年齢に見合いわない)やり取りのできなさや奇妙さ、独特の言い間違いなどを指します。
例えば

  • ジャーゴン(どこの国の言葉にもない音の連なり)
  • エコラリア(オウム返し)
    その場で繰り返す「即時のエコラリア」と後で復唱する「遅延のエコラリア」がある。機械的な復唱もあるし、種々のレベルの意味をもつエコラリアもある。
  • 独り言(独語)が目立つ/独語の内容が風変わり
  • 立場によって言葉を変えることの困難
    「あげる/もらう」「行く/来る」「こっち/そっち」など
  • 言葉に対する独特の意味付け
    例えば「お花」=「赤いチューリップ」と決めてしまう
  • ダントリー
    年齢不相応の難しい言葉遣いや過度に厳密な言い回し、細かい数字にこだわる詳細な話し方など
  • パタン的な言いまわし、偏った話題
  • 会話の相互性の乏しさ
  • 相手の頭の中にある情報への配慮の困難
    突然自分の頭の中の話の「続き」を始めたり、相手の知らない情報を知っている前提で話したりし、言わずもがなの情報を説明したり。

2、話し言葉の受信の問題
自閉症では言葉の理解に関しても、何歳児相応と表現できないような虫食い状の問題を示します。これが言語理解における質的異常です。
例えば、

  • 話しているほどには理解できない
  • 理解している単語に偏りがある
  • 言葉の音(音韻)に過度の注意が向いてしまう
  • 文脈での補いの乏しさ(字義通りの理解)言外の意が汲めない。冗談を真に受ける。
  • 年齢相応の慣用表現を知らない

3、話し言葉以外のコミュニケーションの問題
自閉症では視線・表情・身振り・手振りといった非言語的手段を用いたコミュニケーションにも受信と発信の問題が示されます。
例えば、

  • 視線の使い方の奇妙さ・視線の意味の読めなさ
  • 表情・ジェスチャー・体の向きなどでコミュニケーションを補足することの不足/不適切さ
  • 一昔前の子役のようなパタン的な表情やジェスチャー
  • 乳幼児期早期には指差しの出現の遅れや相手の指差しの意味の読めなさがみられることもある

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イマジネーション障害

ここでいうイマジネーションとは狭く芸術的創造性を差すのではありません。目の前に実在しないものにああかもしれない、こうかもしれないと思いを巡らせ、不確定であること自体を楽しんだり、不測の事態に臨機応変に対応する能力をいいます。自閉症ではこの能力の発達に不全があります。
例えば、

  • 考えや気持ちをリセットするのが不得手
  • 見通しがもてないと不安/不測の事態で混乱
  • 新しいことに手を出したがらない
  • いつも通り/予測通りだと安心する
  • 自分なりの手順を守りたい/人にも守らせたい)(逆にパタン的に結果を決めてかかることも)
  • 状況に応じた結果を予測するのが苦手/予測しない
  • 応用が利かない
  • 原則や原理を抽出できない(逆に過度に一般化して独自の法則性を信じこむことも)
  • 興味が偏る(乗り物、ゲームキャラクター、歴史など様々。特定の人物(アイドルや同級生)への偏った興味も。)
  • 覚えたり集めたり並べたりする遊びが好き/得意
  • 独特のごっこ遊び(架空の世界であることを忘れて入りこんでしまう。ごっこ遊びを他人と相互的に発展させていくことが困難。)
  • 常同運動(くるくる回る、ぴょんぴょん跳ねる、体を揺するなど)や感覚刺激への没頭(物眺め、口に当てる、紐を振るなど)は軽症の子どもでは目立たないことが多い

自閉症でよくみられる「三つ組」の障害以外の症状

自閉症の子の中には下記のような症状をもつ子もいます。

  • 多動・衝動性・不注意(AD/HD症状)
    自閉症状の為に落ち着きがなく注目できない子も多いが、中には「三つ組」の障害では説明のつかない不注意や多動・衝動性をもつ子もいる。
  • 感覚処理(聴覚・触覚・痛覚など五感)の過敏さと鈍感さ
  • 脳性麻痺などの運動障害や不器用、偏食、睡眠障害など
  • 自閉症では、てんかんやチック、LD(読み書き障害、算数障害)を合併することが多いことも知られています。

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3、アスペルガ−症候群とは

アスペルガー症候群の定義や自閉症との位置付けに付いては、2つの異なる考え方があります。

ウイングのアスペルガ−症候群と自閉症スペクトラム

英国のローナ・ウイング博士は、自閉症と同じ3つの発達的な未熟さを根底にもつのに自閉症との共通点が認識されていない人たちがいることに気づきました。彼女はこうした人たちも必要な支援が受けられるように、アスペルガー博士の論文 (1944) からアスペルガ−症候群という診断名を作りこうした人たちの存在をアピールしました。そして自閉症とアスペルガー症候群をあわせて自閉症スペクトラムと呼ぶことを提案しました。彼女は自閉症かアスペルガー症候群かを区別することは重要ではないことも強調しています。
ウイング博士のアスペルガー症候群とは

  • 「一見、自閉症に見えない自閉症」のことで、「三つ組」の障害をもつ
  • ただし「三つ組」の障害の表現のされ方が典型的自閉症と異なる(表面的に流暢に聞こえる話振りなのにコミュニケーション障害がある、一見疎通性のあるようにみえる対人交渉を示すが相互性に乏しく非常識、など)
  • こういう状態像が示される人は結果として知能障害がないことが多いだけで、遅滞を伴っていても状態像が当てはまればアスペルガ−症候群と診断する
  • 小さい時は自閉症で大きくなるに連れアスペルガ−症候群になるという経過もありうる

参考図書に上げたアトウッド博士やよく使われるアスペルガ−症候群の診断基準を作ったギルバーグ博士もこの考え方です。私たちのクリニックでもウイングの考えを採用しています。

WHOやAPAのアスペルガ−症候群と広汎性発達障害

アメリカ精神医学会(APA)や世界保健機構(WHO)はウイングのアスペルガ−症候群という用語を採用しましたが新たな定義を設け、自閉症に近いけれど自閉症とは発達経過と現在の症状で明確に区別できる別の障害であると定義しました。広汎性発達障害(PDD)というのは、自閉症に近いけれど自閉症とははっきりと区別できるいくつかの障害のグループ名です。PDDと自閉症スペクトラムではおおむね同じ範囲の人をさしますが、その意味には大きな違い(連続的集合体か否か)があるのです。
APAとWHOの定義するアスペルガ−症候群は

  • 社会性、こだわりに自閉症ほどではないけれど障害がある
  • コミュニケーション障害は診断上必要ない
  • 発達経過に遅れがない
    (言語発達に関しては2歳までに単語、3歳までに2語文がでている)

この定義には世界中から疑問の声が上がっています。

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4、高機能自閉症とは

高機能自閉症というのは「知能に明らかな遅れがない自閉症」のことで、自閉症状の程度 (現われ方)とは無関係な用語です。実際、自閉症状の極めて強い高機能自閉症の人もいます。当然「高機能」というのは「適応が良い」ことではありません。

「知能の遅れがない」の基準は不統一です。 IQ70以上とされることが多いのですが、同じIQ70でもビネー検査はウェクスラー式より数値が高めにでますから実際の基準は機関によってまちまちです。「高機能」は「知能が境界域」の場合も含んでいます。「高機能」は「通常級在籍が適」という意味でもありません。

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5、LDとは

日本でLDと診断された場合、このLDの英語の原語には2種類あります。ひとつはLearning Disorders(アメリカ精神医学会など)で、もうひとつはこの会報誌の英語タイトルにも使われているLearning Disabilities(全米合同委員会など)です。これら二つの用語は意味する範囲に違いがあります。

@、「読む」「書く」「計算する」能力の障害とLDとする

古来、日本には「読み書きそろばん」という言葉がありますが、英語圏にも 3R's(reading・w r iting・a r ithmetic)という言葉があり、狭義のLDはこれらのどれかあるいはいくつかが知能に見合わないほど障害されていることを意味します。この意味のLDの原語はLearning Disordersです。

A、@の定義に「聞く」「話す」「推論する」能力の障害も加える

同じ米国でも全米合同委員会の定義では「LD(Learning Disabilities)」には「読み書きそろばん」障害に加え、知能に見合わないほど「聞く」「話す」「推論する」能力の障害がみられる状態も含みます。日本の文部省協力者会議の最終報告(1999)は全米合同委員会の定義に倣っています。

B、Aの定義に社会性の障害その他を加える

社会性が知能に見合わないほど落ち込んでいる場合もLDに含めるという立場もあります。

@〜Bは学問的な立場の違いによるもので現状ではどれが正しくてどれが違っているというものではありません。

ただし私たちは@の定義を採用すべきだと考えています。また@で定義される LDが自閉症スペクトラムに合併していることは稀ではありません(特にアスペルガー症候群と書字障害または計算障害の合併)。

広義のLD(AまたはBの定義の LD)と診断されている子どもの多くが、見方を変えると自閉症スペクトラムである と指摘する専門家は少なくありません。もしあなたの子どもが書字障害をもつと同時に、例えば鉄道関連を集めたり調べたりするのが好きな、予想外の展開で混乱しやすい子どもだったら、是非「三つ組」の障害がないか、今一度検討されることを強くお勧めします。自閉症スペクトラムと分かれば支援のアイデアが既に集積されているのですから。

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6、終わりに

本稿では高機能自閉症スペクトラムの状態像の説明を中心に記載しました。LDという診断を受けているお子さんに接している保護者や専門家に「その子は本当にLDなのか」「LDだけなのか」という視点を向けていただくまたとないチャンスだとったからです。

一度LDという言葉で子どもの状態像が説明されると、保護者は自閉症スペクトラムという新たな視点で子どもの困難を捉え直す機会から遠ざかってしまいます。それはちょうど、最初に自閉症という視点で子どもの状態が説明されるとAD/HDやLD(3R's)という問題が見逃されがちになってしまうことと似ています。

ウイング博士は「ひとつの状態像(診断)で他の全ての問題が説明され得ると安直に考えてはいけない」と警告しています。ウイング博士は自閉症研究の第一人者であると同時に、子育ての失敗が自閉症の原因だと言われていた時代を重度の自閉症の娘さんを育てながら生き抜いてきた母親でもあります。彼女のどの年代の仕事にも、発達障害をもつ子どもとその家族の利益をなにものにも優先させる臨床家としての姿勢が明確に示されています。

私たち専門家はともすると自分の専門とする切り口でのみ子どもを捉えがちです。専門家の説明が、あるいは既存の診断概念が、子どもの問題の全てを説明していないと最初に気付けるのは保護者であるあなたかもしれない。保護者はわが子の問題の整理を通じて私たち専門家に示唆を与え児童精神医学を前進させていく大切なパートナーなのです。

参考図書
水野薫・内山登紀夫・吉田友子編著「高機能自閉症・アスペルガ−症候群入門」
中央法規出版2001年

トニー・アトウッド著「ガイドブックアスペルガ−症候群」
東京書籍1999年

ローナ・ウイング著「自閉症スペクトル」
東京書籍1998年

※本稿の内容は大幅に加筆され吉田友子著「高機能自閉症・アスペルガー症候群その子らしさを生かす子育て」(中央法規出版、2003年)に収録されています。

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